天皇は祭祀を中心に、国家平穏の祈りの中で暮らしておられる。 

だから、国民から崇敬され権威ある存在にあります。 

天皇に任命された権力者は何度も変遷を繰り返したものの、 

天皇は、初代から男系男子126代を繋げています。 

皇室祭祀の中で、天皇を支える皇后は、巫女でもあります。 

折口信夫によると、采女(ウネメ)は天皇の食膳を司るとともに、 

巫女でもあるとの説。私もその説をとります。 

国造の女子で、出身国の信仰の上に宮廷の神を据えようとすることであり、豪族の服属としての単なる人質という訳ではありません。 

采女は現神の御子をを生む神妻でもあり、雄略天皇の童女君 

(ヲグナギミ)は一夜婚(ヒトヨマグハヒ)で孕んだ娘が天皇によく似ていた 

ので、貞操の疑いが晴れて、妃になられました。采女は日本書紀に記載が多く、古事記には、ほとんど記されていません。 

皇妃としての豪族の子女姉妹の貢上が終わる頃に、采女制が必要に 

なったということです。 

古代の大王の即位には、聖婚として、一夜婚の儀礼的な妻が必要であり、その役を演じたのが采女として貢上される豪族の女子でした。 

天武11年3月「服制改正の詔」により、采女のタスキ・ヒレが廃止されました。古来からの神事の装束だったタスキ・呪物としてのヒレの廃止は神話的伝統の断絶であり、天皇以外は手を触れることも出来なかった神妻としての采女は下級官人へと転落しましたが、女性としての自由を獲得したとも言えます。しかし、天武朝以後の采女は女官の女房たちからも蔑まれ、誇り高き神妻は鎌倉期には消滅してしまいました。

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